ゴローズの創業者 高橋吾郎さんについて。ゴローズ通販 中古

◆ゴローズの創業者 高橋吾郎さんについて

○人気インディアンジュエリーブランド、ゴローズ(goro’s)の創業者、高橋吾郎さんって?

原宿「goro’s(ゴローズ)」のオーナー兼デザイナー、高橋吾郎さん。
1939生まれで、銀細工や革の職人です。
“原宿のゴローさん”、”ゴローさん” と、親しみを込めて呼ばれています。
「イエローイーグル」というインディアンネームを持っています。

 

○子供の頃からインディアンへの関心が始まった

「子供の頃ね、インディアンごっこするでしょ。インディアンになりたかったんだ」
「終戦後、そこら辺に壊れた乳母車を拾ってきて幌馬車に改造してインディアンごっこをしていた。」
と、ゴローさんはインディアンへの関心の始まりを語っていたそうです。

 

○同時に、子供の頃からものづくりが好きだった

「子供の頃から、ずっと何かを作ってきた。頭よりも手が先に動いて、手でいじっているうちに形になるんだ」
子供の頃、日本に来ていたアメリカ兵と知り合い、革細工(レザーカービング)を教わります。
そして、商売をするかたわら、独学で腕を磨き、青山に革細工のお店を開きます。

 

○アメリカに渡り、銀細工を学ぶ

やがて、アメリカに渡り、子供の頃から興味のあった銀細工を学ぶことになります。
きっかけは、ある時、アリゾナで「そのバッグはどこで買ったのか?」と聞く男性に出会い、
その人物とゴローさんは友人となり、現地のネイティブ達が行っている銀細工の方法を教わったのだそうです。

 

○インディアンアクセサリーを学んだ高橋吾郎さん、帰国後ゴローズをオープン

その後、帰国したゴローさんは原宿に店舗を移転し、学んだ銀細工と革細工の販売をはじめます。
そこが現在の「ゴローズ」です。
実際にインディアン達の文化に触れ更に研ぎ澄まされた感性から、持つ人の心をつかむアクセサリーを
作られました。

 

○厳しすぎる!?インディアンネームの試練

高橋吾郎さんはその後も度々渡米を繰り返し、インディアンたちとの交流を深めていきます。
ついには、日本人で初めてインディアンとしての名前「イエローイーグル(東から来た鷲)」を授かります。
ゴローズのファンの間ではとっても有名な話として知られています。

そして、そのインディアンネームを授かるための試練はとても厳しいものだったんです。

まず、現地のインディアンに伝わるスウェットロッジ(発汗小屋)の儀式を受けました。
その2年後、「サンダンス」という、厳しい苦行をともなう試練を行います。

その試練は、実に4日間もの間、飲食はもちろん、眠る事すらできません。
ドラムのリズムに合わせながら、大地を踏み鳴らし、サンダンスの木の周りを回り続けるのです。
そして、4日目には「ピアシング」という苦行が行われます。
イーグルの爪を胸の肉に通して引っかけ木に結び、それを「下に体重をかけて外す」というのです。
これは、全員がやり遂げられるとは限らない、非常に厳しい苦行です。

その儀式で高橋吾郎さんを導いたビジョンがあります。
「鷲が大岩の上に舞い降り、首の周囲の羽が風に吹かれていた。その風が自分にも吹いてきて、苦しかった呼吸が楽になり、儀式を最後までやり通すことができた。」
そのビジョンをもとに、スー族のメディスンマンが付けてくれたのが「イエローイーグル」なのです。
高橋吾郎さんはこの日本唯一のインディアンネームである「イエローイーグル」の名に誇りを持っていたそうです。
「イエロー」は太陽であり、東を意味します。「イーグル」はネイティブにとって最高に神聖な鳥です。
日本からやってきたゴローさんは、最高ともいえる名前を受けたのです。

 

○惜しまれつつ、2012年に死去

ゴローさんは、2012年に惜しまれながらお亡くなりになりました。
ネイティブアメリカンアクセサリーの第一人者であり、
伝説の人でもあるゴローさんの感性が加わったゴローズのシルバーアクセサリーは、
持つ人の心を掴み、現在も多くのファンが原宿の店舗の前に並んでおり、その人気の高さをあらわしていますね。


ゴローズの通販は当店で。 http://www.tsuhan-goros.jp/

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